「不倫」小説というくくり方なのか?

2021年06月29日
書棚の整理
漱石はさほど好きな作家ではないのですが、ちょうど1年前に「三四郎」を読んでいたことが手帳に書いてあって、そんなことから「三四郎」の続編ともいわれる「それから」を先週から読んでいました。
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事業家の父親の庇護のもとで、悠々自適の生活をしていた主人公のインテリ青年代助が、友人の妻三千代への想いを募らせ、やがて全てを投げうっても三千代を友人から奪う決心をします。その結果、その友人との関係は絶交、さらには経済的な後ろ盾となっていた父、兄など家族からも離縁されるところで物語が終わります。
 はじめて読んだ時の感想は「なんだこれ?」でした。「不義密通」、いわゆる「不倫」は、テーマとしては古今東西の文芸の定番ということなのでしょうが、明治の日本では人生とか命をかけるほどの「チャレンジ」だったのか、、ヘェ〜〜。という程度の読後感でした。不倫どころか、倫理に背かないほうの関係(?)もわかっていなかった「当時のわたし」のような若輩には主人公の心情は理解しようもありません。しかも「時代背景」を前提にしないと、主人公の苦悩も「なんだこれ?」で一括りにしてしまいます(ました)。
 といいながら、実を言うとオトナになってから読んでも「なんだこれ?」の部分はかなり残ります。まあ、依然として若輩者だということなのでしょう ^ ^
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で、余談的に「気に入った」章句を拾います。まずは、主人公代助の考え方、思想、行動原理を示す部分です。
 この根本義から出立した代助は、自己本來の活動を、自己本來の目的としてゐた。歩きたいから歩く。すると歩くのが目的になる。考へたいから考へる。すると考へるのが目的になる。それ以外の目的を以て、歩いたり、考へたりするのは、歩行と思考の墮落になる如く、自己の活動以外に一種の目的を立てて、活動するのは活動の墮落になる。從つて自己全體の活動を挙げて、これを方便の具に使用するものは、自ら自己存在の目的を破壞したも同然である。
 だから、代助は今日迄、自分の脳裏に願望、嗜欲が起ると是等の願望嗜欲を遂行するのを自己の目的として存在してゐた。(中略)これを煎じ詰めると、彼は普通に所謂無目的な行為を目的として活動してゐたのである。さうして、他を偽らざる点に於てそれを尤も道德的なものと心得てゐた。(Page198)

 一見、三島など戦後作家の小説の主人公が表明しそうな観念の類型ですが、これは漱石の「それから」の主人公のことであります。そして、やがてその妻を奪うことになる友人平岡と酒を飲んだ上での会話で、主人公代助の口から出たことばです。
(平岡)「何故働かない」
(代助)「何故働かないつて、そりゃ、僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大袈裟に云ふと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程借金を拵えて、貧乏震いをしている國もありやしない。此の借金が君、いつになったら返せると思ふか。そりや外債位は返せるだらう。けれども、それ許りが借金ぢゃありやしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない國だ。それでゐて、一等國を以て任じている。さうして、無理にも一等國の仲間入りをしやうとする。だから、あらゆる方面に向かって、奥行を削って、一等國だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから、なほ悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。(Page114)
 「牛と競争する蛙」というのが日本だという感覚が当時の日本人に通底していたのでしょうか。おそらく作者から見ると、これは経済力のことだけをいってるのではないのでしょう。でも、おたまじゃくしが蛙になるのは必然ですが、蛙はどう努力したって蛙、、牛になどなれるはずはありません。

 次の一節は、友人平岡の妻を「奪う決心」をしたあと、自宅の庭で書生の門野と戯れている様子と、それに続く「庭の花木」と「空の描写」です。特に「白粉草」から先のところ、いちばん好きな一節です。
 夕方には庭に水を打った。二人共裸足になつて、手桶を一杯宛持つて、無分別に其所等を濡らして歩いた。門野が隣の梧桐の天辺迄水にして御目にかけると云って、手桶の底を振り上げる拍子に、滑って尻持を突いた。白粉草が垣根の傍で花を着けた。手水鉢の蔭に生えた秋海堂の葉が著るしく大きくなつた。梅雨は漸く晴れて、昼は雲の峰の世界となった。強い日は大きな空を透き通す程焼いて、空一杯の熱を地上に射り付ける天氣となった。(Page339)

白粉草って実際の花は見たことがありません。梅雨明けの頃に咲く花なのでしょう。手桶を持った2人の男と、初夏の庭の情景、空の様子、、なかなか‥‥です。
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夏目漱石全集 第7巻 それから  昭和22年4月5日 発行 岩波書店

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awanohibi
Posted by awanohibi
アラ還白髪男子の身辺雑記たまに妄想&毒想