日の名残り カズオ・イシグロ
2021年09月27日
カズオ・イシグロの2つの長編小説「わたしを離さないで」(2005年)と「忘れられた巨人」(2015年)を、この1年間で読みましたが、1990年発行の「日の名残り」は彼が最初に世界から注目されることとなった「代表作」となっています。
20世紀イギリスの古い大きな屋敷で「執事」を務めるミスター・スティーブンスが主人公です。彼の6日間の休暇を使った小旅行の折々、過去に屋敷を舞台にして起きた事件や出来事を回想しながら物語が進みます。
屋敷の「執事」というのは個人的にはお会いしたことがない職業ですが、主人公のスティーブンスは物語の冒頭で、「偉大な執事」に求められる条件として「その屋敷にふさわしい品格」、「主人(雇主)への忠誠」、「個人の感情を殺して仕事を優先する職業意識」など、自らの「執事論」を開陳します。そしてこれが、主人公の人生のスタイルでありテーマということでもあります。
この老執事の6日間の休暇旅は、このテーマのもとに送ってきた自分の仕事(=人生)を再確認する時間という意味を持っています。
尊敬する執事だった父親、女中頭として自らの下で働いていたミス・ケントン、そして敬愛する主人だったダーリントン卿、彼の人生の主要人物の記憶やエピソードが次々と登場します。
時代は第1次世界大戦の後から第2次世界大戦の後までの時期です。主人のダーリントン卿は、このヨーロッパの混乱の時期に政治・外交で独自の動きをしていて、その屋敷には「歴史の裏舞台」的な役割もありました。
各国の要人が集まる会議やパーティーが大広間で行われ、ミスター・スティーブンスは執事として隙のない仕事ぶりを見せます。一方、屋敷の廊下やバックヤードでは女中頭のミス・ケントンと少々感情的なやりとりなどもあって、舞台の表裏のドラマが並行して描かれていきます。
この小説は、物語の展開自体に驚きも新味もありませんが、タイトルと物語がうまく共鳴しています。「日の名残り」の原題は「The Remains of the Day」、いろいろな意味があるようですが、イメージ的には、太陽が西の地平線にまもなく姿を消そうかという時間と空間でしょうか。
悲劇とも喜劇とも断じることはできないけれど、楽しくも寂しくもある人間の生涯、平凡とも数奇ともいえる老執事の人生。最後のページまで楽しめました。
日の名残り カズオ・イシグロ 1990年6月 中央公論社